Monday, November 30, 2009

観光バスに乗った

ときどき観光バスに乗る。ある意味で、極めて効率的なので。

今回は、「湖都大津:三井寺光浄院ともみじの坂本」というテーマの約7時間ツアーである。幸い、泊まっているホテルの傍が出発点である。コースは、三井寺光浄院、西教寺(ここで食事、菊料理)、坂本旧竹林院、日吉大社。極めて充実。なにしろ、11月30日、今日が最終日のツアーとのことで、飛びつかざるをえない。

出発前に時間があるので、まずは九条通りかブラブラとする。目的地はらじょうもん跡。ここは途中の東寺。

西教寺の菊料理なるもの。各椀、食前酒からデザートまで、すべて菊が入っている。ほどほどに満腹にはなった。

天気は晴れ。途中で日が陰ってしまったのは残念としても、帰京するあたりからは又、晴れてきた。



ツアーの最後は日吉大社である。ここはその参道。ここら辺は極めて風情のある町並みだ。

Sunday, November 29, 2009

総見院と芳春院

この時期、どこもかしこも人が溢れているが、さすがに中心からちょっとはずれると、少しは静かになるようだ。

大徳寺のいくつかの塔頭が公開されている。今回は初めて総見院に入ることができた。昔拝観した芳春院にも、その手前まで。

古い町並み

以前買った飴玉をまた買おうと、大徳寺から大宮通りを南下中に、ちょっと横丁を見てみると、以下のような風情のある家を見つけた。

いずれにしても今日は、少なくとも午後は天気が芳しくなく、たとえば哲学の道などもまったく紅葉が駄目だったのは残念。ちょうど今頃の時期だったと思うのだが、かつて出張の折に見た京都(東山、哲学の道、銀閣寺、そして吉田山から京大へ)の紅葉の見事さをなんとかまた見たいものだ。


またまたです。

ほんの一月前にも来たのだが、また来てしまった。京都へ。今回は飛行機で大阪伊丹経由。

そういえば随分と昔、大分へ何度か出張したときは、伊丹でプロペラ機へと飛行機を乗り換えていた。

羽田にて。出発前。

伊丹にて。到着直後。

今回のお目当てのひとつは、青不動明王の公開を見ることだったが、ご覧の通りの行列(ちょっとわかりずらいかな)であり、今日はまずはあきらめ。

ここの道路沿いの紅葉はすばらしい。

Monday, November 23, 2009

秋日和

ドンドコドンドコという音に誘われて、長い坂を登ってたどり着いたのが神田明神。

ここは、歯の治療(というよりは掃除}の終わったときによく寄る所だが、子供たちの太鼓比べもまた格別です。

時は秋。紅葉もまた見所を迎えている。

Wednesday, November 18, 2009

なんともはや

HALというコンピュータがあった。映画の中で。当時全盛のIBMのモジり(後継だという意味での)だと言われていた。

本格的なOS(オペレーティングシステム)としてのWindowsは、WindowsNTからであると言われている。その誕生物語は「闘うプログラマー」という本に述べられている。かつて一世を風靡したVAXのVMS(Virtual Moniter System)の開発者がNTを作った話だ。

WindowsNT、略してWNT。NTとは、New Technologyから取ったものらしいが、これもVMSのモジりだ、というのは当時多くの人に言われていた。

新しいWindowsは、その意味でVMSの後継のはずなのだが、その内容はまさに、ガラクタそのものになり下がってってしまったようですね。

最近MACに注目している。あちらのOSはUNIXだ。構造という面から考えると、WindowsはUNIXの足元にもおよばないのかなあ。

Tuesday, November 17, 2009

メタボOS:Windows

各社から、「モバイルPC」と称するものが出されている。スペックもほどほどであり、価格もほどほどであると思われる。数年前に入手した我がメインのマシンよりは、価格・性能ともにはるかに上をゆくようである。

昨年の春に、そのはしりであるASUSのeeePCなるものを入手し、愛用している。ただし、問題はディスク容量である。メインのCドライブは4GB(いわゆるSSD)である(補助として、16GBのSDメモリをNドライブとして追加しているが)。たいしたアプリケーションは入れていないのだが、それでも空き領域は300MBほどでしかない。

この1年の間でも、Windowsのアップデートが随分とアナウンスされている。最大のものはサービスパック3である。これらを未だ入れていない。実用上は問題が無いのだが、気分的には落ち着かないのが最近の心情である。思い立って、ちょっとやってみる気になった。

まずはCドライブの空き領域を増やさなければならない。とにかくなんでもかんでも、それまでインストールしてきたものを(たいして無いのだが、それでも勝手に入ってきていたものが多い)ひっぺがす。2GBあたりまで空いてきたので、Windousアップデートの開始である。途中幾度か、ディスク容量が足りないよ、というメッセージが出たが(まだ空きが200MB以上あるにも関わらずですよ)、なんとか対応して、一応最新状態になった。

しかしそこで空き容量を見ると、300MB弱となっている。ここでメタボ対策と相成るのである。

WINDOWSという名前のフォルダー、これが諸悪の根元のようだ。

先ずはじっくりと眺めてみると、ひどいひどい。まさに玉石混淆の状態ですね。Windowsの中枢(と思われる:以下同様)のファイル、テンポラリとして使われるであろうデータファイルなどがある。それらは必然としても問題は、インストールやアップデートで使われた(ということは以降使われることのない)ファイルが残っていて、その数と量が膨大であること。あるいは既に必要がなくなったものもそのまま残っているようなのだ。

これらを、それでも不安を持ちながらも、消していった(より不安のあるものは残すことにするが)。

じゃらじゃらじゃら、とやって、まだまだやりたい気持ちはあるのだが、それでもなお2GBまで空き領域を増やすことができたのはありがたい。その後、必要なアプリケーションをインストール。以来まだ数日しか使ってはいないのだが、特にトラブルは無い。

今のご時世、ディスクもメモリも、いろいろなリソースを十分に使うことができるから、まあ、無駄遣いもよいのかも分からないが。しかしWindowsに携わっている技術者の皆さん、これで満足しているのでしょうかね? 推敲する、煎じ詰める、などということはやっていないのでしょうかね?

たとえば、固定部と可変部との分離、基本情報と付加情報の分離、などなど、重要だと思うし、あまり考えなくとも自然にできることだと思うのだが。だいたい、必要が無くなったものを残しておくなんぞ、まさに愚の骨頂だと思うのだが。

むかしは、リソースが極めて限られていたので、というよりは、よりよいものを出したいという気持ちの方が強かったと思うのだが、とにかく誰からも文句を付けられる余地のないようにして、製品化を進めてきた(という気持ちがある)。