Saturday, December 26, 2009

健康診断

加入している健保組合からの案内で、掲題の診断に参加している。何年か前までは、住んでいる市が主催だったのだったと思うのだが、確か制度が変わった。

主催者側からみれば、ほぼ半日がかり。公共の施設を借りきり、レントゲン撮影の車を整え、そして、かなり大勢のスタッフを投入。さて、診断されるわれわれサイドでは、40名弱である。

久しぶりに会った旧知というのは当方のメリットではあるが、さて、コストパーフォーマンスという観点からはどういったものだろうかな?

Saturday, December 12, 2009

寺町

京王線千歳烏山駅の北側にお寺さんが並んでいる街がある。関東大震災の後に、都心にあった寺が移ってきたのだったそうだ。通りの名前は寺町通り。しかし、電柱(これも汚らしいね)に貼ってある地番表示は、北烏山何丁目何番地。

私が何年か過ごしたのは新宿駅の西片だ。当時の町名は「角筈」(もう漢字変換の対象にはない)。近くには、柏木、淀橋などというのがあった。仰々しく言うならば、由緒ある地名である。もちろん「新宿」もそうだが。しかしながら今、ここら辺は「西新宿何丁目」となっている。同様に近くの他の地名も、「新宿」という名に東西南北が付けられている。

私も好きな避暑地の軽井沢。しかし、その周辺も東西南北が付く軽井沢になってしまっている。たとえば、追分など、昔の懐かしい地名はどこかへ行ってしまった。

日本中の地名が変わってしまった。これって、問題じゃありませんか? 誰が、どうやって変えてしまったのか分からないが、少なくともこれは、犯罪の一種ではないかな。地名というのは、その国の文化であり、歴史でもあるだろう。これを否定してしまっていますね。

Sunday, December 06, 2009

総括を

まずは歩行数。

1 34,018
2 24,574
3 27,253
4 24,424
5 17,119
6 28,540
7 22,688

ということでした。

京都市内は、乗り放題のバスカードを利用している。今回は4枚使用。

最終日です(昨日)

さて、在来線で帰ってみようと思った。

京都発0840、長浜着0950
長浜発1302、岐阜着1421
岐阜発1622、浜松着1825
浜松発1950、 ここであきらめて新幹線で。

どうにか、当日中に帰着。全線在来線で、はまた次の機会にしよう。

しかし、終日雨模様だった。

長浜のちょっとした路地裏。いわゆる観光場所よりは、裏のほうが興味深いところがある。
昔の北国街道。
ここは岐阜の、昔ながらの街並みの横丁から。向うに見えるのが金華山。
岐阜市内のあるお寺で。織田一族にゆかりがあるとのこと。

Friday, December 04, 2009

終日雨模様

今日は晴れたり降ったり。ちょっと不安定な一日であった。

ホテルの前から、松尾橋までのバスが出ていた。たまたまバス停へ行ったら、ちょうど出るところだった。

いくつかの途中経由のあと、鈴虫寺へ。

あまり有名だとは思っていなかったのだが、ずいぶんと人気のある寺のようだ。
またまたブラブラと地蔵院へ。ここは竹の寺と呼ばれるそうである。
その後、迷いながらも浄住寺。ここは入山料がない。人も、ほぼ皆無だ。

だけどこんなところのほうが、却って美しいのではないかな。
だんだんと雨がひどくなってきた。
昼食後、三条通りを中心に彷徨った。

ここはかなり東のほうだが、夕方に近くなるにつれてかなりの渋滞となってきた。

それよりは京都も、いくつかの通りでは電線と電柱の始末をしているようだ。

Thursday, December 03, 2009

雨の中のドライブ

予報によれば一日中、雨模様だとのこと。レンタカーを予約しておいたので、出発。走行距離は176Kmだった。走ったのは郊外、というよりは、ほぼ山の中である。

まずは、亀岡、園部経由で美山へ。そこから鞍馬経由で大原、そして、グダグダと京都駅前に帰着。山の中は、天気がよければまさに、全山紅葉、炎の如しといった趣だったのだろうが、雨の中ではそれを創造するしかない。

せっかくのドライブが雨の中というのも残念ではあるが、逆に、雨だからこそ、変に歩き回るのよりは良いのかもわからない。

交通の便があまりよいとはいえないので、なかなか行けない。今回はよい機会だった。

美山観光の中心である茅葺きの家屋群。
個々の建物も風情がある。丁度直前に、団体のツアーが通りすぎていったので、この時点では閑散としていた。

しかし、その後走った道の途中途中にも、このような建物群がかなりあった。やはり昔からの生活の場なのだろう。
いくら憧れの地とはいえ、そうそう時間が保つものではない。次は、山の中を走り回って大原へ。途中は細い、結構な山道で、行き交う車はほぼ皆無。

これは三千院。とにかく、いくつかの場は人が大勢であるな。
雨の中で風情を出そうと思えば、落ち葉に限る。
暗くなってくると、慣れない車でのドライブも億劫になってくる。早めに車を返却し、夕食となる。

さて駅まえに戻れば、なにやら催しだ。お巡りさん、消防の人、そして揃いのユニフォームを着たおじさんとおばさんたちが整列している。そしてブラスバンドとなんとかガール。

聞けば、歳末警戒の出発式だとのこと。なかなか。

Wednesday, December 02, 2009

東から西へ

朝一からは東福寺。桜と紅葉の第一の名所と言われている。

ここもそうだが、さらに伏見稲荷へゆくあたりもきれいだと思う。
午後は金閣寺へ。この時期は人を見るのが主題のようだ。紅葉はほとんどないのだが。
ここは広沢の池。見るとカメラの砲列である。聞くところによると、鷲の一種が魚を獲る瞬間を待っている由。

期待して、しばらく待ってはいたのだが、そのうち皆さん店じまいを始めてしまった。今年はもう終わりのようだ。ここはもう、水を干してしまう。

Tuesday, December 01, 2009

御土居

御土居というのがある。京都の周囲におよそ22Kmにわたって、豊臣秀吉が築いた土手である。現在は、約10箇所ほど残っているにすぎない。京都駅の南西、東寺のちょっと西、に「御土居」という名前のバス停がある。のこのこと出かけてみたのだが、そこは名前が残っているだけだ、遺構は残ってはいないのだとのことだ。残念。

途中の東寺の紅葉。
御土居の残る北野天満宮。
昼食は同志社大学にあるレストランでフレンチを。お手軽なランチは、あっという間に売り切れのようだ。ここは7階。比叡山や大文字山が素晴らしい。
ぶらぶらと、なにも考えないと自然に東山に向かってしまう。ここは高台寺。

その後、清水寺へ。
ずっとずっと歩いて、COCON烏丸というところのパブへ。やっとイギリスらしいフィッシュアンドチップスを食べることができた。

しかし、夕食時というのにガラガラである。ここはずっと残っていて欲しい。

Monday, November 30, 2009

観光バスに乗った

ときどき観光バスに乗る。ある意味で、極めて効率的なので。

今回は、「湖都大津:三井寺光浄院ともみじの坂本」というテーマの約7時間ツアーである。幸い、泊まっているホテルの傍が出発点である。コースは、三井寺光浄院、西教寺(ここで食事、菊料理)、坂本旧竹林院、日吉大社。極めて充実。なにしろ、11月30日、今日が最終日のツアーとのことで、飛びつかざるをえない。

出発前に時間があるので、まずは九条通りかブラブラとする。目的地はらじょうもん跡。ここは途中の東寺。

西教寺の菊料理なるもの。各椀、食前酒からデザートまで、すべて菊が入っている。ほどほどに満腹にはなった。

天気は晴れ。途中で日が陰ってしまったのは残念としても、帰京するあたりからは又、晴れてきた。



ツアーの最後は日吉大社である。ここはその参道。ここら辺は極めて風情のある町並みだ。

Sunday, November 29, 2009

総見院と芳春院

この時期、どこもかしこも人が溢れているが、さすがに中心からちょっとはずれると、少しは静かになるようだ。

大徳寺のいくつかの塔頭が公開されている。今回は初めて総見院に入ることができた。昔拝観した芳春院にも、その手前まで。

古い町並み

以前買った飴玉をまた買おうと、大徳寺から大宮通りを南下中に、ちょっと横丁を見てみると、以下のような風情のある家を見つけた。

いずれにしても今日は、少なくとも午後は天気が芳しくなく、たとえば哲学の道などもまったく紅葉が駄目だったのは残念。ちょうど今頃の時期だったと思うのだが、かつて出張の折に見た京都(東山、哲学の道、銀閣寺、そして吉田山から京大へ)の紅葉の見事さをなんとかまた見たいものだ。


またまたです。

ほんの一月前にも来たのだが、また来てしまった。京都へ。今回は飛行機で大阪伊丹経由。

そういえば随分と昔、大分へ何度か出張したときは、伊丹でプロペラ機へと飛行機を乗り換えていた。

羽田にて。出発前。

伊丹にて。到着直後。

今回のお目当てのひとつは、青不動明王の公開を見ることだったが、ご覧の通りの行列(ちょっとわかりずらいかな)であり、今日はまずはあきらめ。

ここの道路沿いの紅葉はすばらしい。

Monday, November 23, 2009

秋日和

ドンドコドンドコという音に誘われて、長い坂を登ってたどり着いたのが神田明神。

ここは、歯の治療(というよりは掃除}の終わったときによく寄る所だが、子供たちの太鼓比べもまた格別です。

時は秋。紅葉もまた見所を迎えている。

Wednesday, November 18, 2009

なんともはや

HALというコンピュータがあった。映画の中で。当時全盛のIBMのモジり(後継だという意味での)だと言われていた。

本格的なOS(オペレーティングシステム)としてのWindowsは、WindowsNTからであると言われている。その誕生物語は「闘うプログラマー」という本に述べられている。かつて一世を風靡したVAXのVMS(Virtual Moniter System)の開発者がNTを作った話だ。

WindowsNT、略してWNT。NTとは、New Technologyから取ったものらしいが、これもVMSのモジりだ、というのは当時多くの人に言われていた。

新しいWindowsは、その意味でVMSの後継のはずなのだが、その内容はまさに、ガラクタそのものになり下がってってしまったようですね。

最近MACに注目している。あちらのOSはUNIXだ。構造という面から考えると、WindowsはUNIXの足元にもおよばないのかなあ。

Tuesday, November 17, 2009

メタボOS:Windows

各社から、「モバイルPC」と称するものが出されている。スペックもほどほどであり、価格もほどほどであると思われる。数年前に入手した我がメインのマシンよりは、価格・性能ともにはるかに上をゆくようである。

昨年の春に、そのはしりであるASUSのeeePCなるものを入手し、愛用している。ただし、問題はディスク容量である。メインのCドライブは4GB(いわゆるSSD)である(補助として、16GBのSDメモリをNドライブとして追加しているが)。たいしたアプリケーションは入れていないのだが、それでも空き領域は300MBほどでしかない。

この1年の間でも、Windowsのアップデートが随分とアナウンスされている。最大のものはサービスパック3である。これらを未だ入れていない。実用上は問題が無いのだが、気分的には落ち着かないのが最近の心情である。思い立って、ちょっとやってみる気になった。

まずはCドライブの空き領域を増やさなければならない。とにかくなんでもかんでも、それまでインストールしてきたものを(たいして無いのだが、それでも勝手に入ってきていたものが多い)ひっぺがす。2GBあたりまで空いてきたので、Windousアップデートの開始である。途中幾度か、ディスク容量が足りないよ、というメッセージが出たが(まだ空きが200MB以上あるにも関わらずですよ)、なんとか対応して、一応最新状態になった。

しかしそこで空き容量を見ると、300MB弱となっている。ここでメタボ対策と相成るのである。

WINDOWSという名前のフォルダー、これが諸悪の根元のようだ。

先ずはじっくりと眺めてみると、ひどいひどい。まさに玉石混淆の状態ですね。Windowsの中枢(と思われる:以下同様)のファイル、テンポラリとして使われるであろうデータファイルなどがある。それらは必然としても問題は、インストールやアップデートで使われた(ということは以降使われることのない)ファイルが残っていて、その数と量が膨大であること。あるいは既に必要がなくなったものもそのまま残っているようなのだ。

これらを、それでも不安を持ちながらも、消していった(より不安のあるものは残すことにするが)。

じゃらじゃらじゃら、とやって、まだまだやりたい気持ちはあるのだが、それでもなお2GBまで空き領域を増やすことができたのはありがたい。その後、必要なアプリケーションをインストール。以来まだ数日しか使ってはいないのだが、特にトラブルは無い。

今のご時世、ディスクもメモリも、いろいろなリソースを十分に使うことができるから、まあ、無駄遣いもよいのかも分からないが。しかしWindowsに携わっている技術者の皆さん、これで満足しているのでしょうかね? 推敲する、煎じ詰める、などということはやっていないのでしょうかね?

たとえば、固定部と可変部との分離、基本情報と付加情報の分離、などなど、重要だと思うし、あまり考えなくとも自然にできることだと思うのだが。だいたい、必要が無くなったものを残しておくなんぞ、まさに愚の骨頂だと思うのだが。

むかしは、リソースが極めて限られていたので、というよりは、よりよいものを出したいという気持ちの方が強かったと思うのだが、とにかく誰からも文句を付けられる余地のないようにして、製品化を進めてきた(という気持ちがある)。

Saturday, October 31, 2009

秋の軽井沢と榛名湖

軽井沢では一番の紅葉名所のようである雲場池の一角。絵を描く人、写真を撮る人、散策する人で、平日にもかかわらず賑わっていた。

難点は、駐車場(無料の)が、若干遠く、小さいこと。


ちょっと芸術写真風に。


一泊した保養所のエントランス。


ちょっと月並みですね。

榛名湖畔から榛名富士を望む。

Monday, October 12, 2009

単独行でない京都

上賀茂神社で毎年、コンサートが行われるそうである。今回はその19回目だとのこと。抽選の申し込みしていたものが当たったということで、一泊の予定で出かけた。

始まりは夕刻、1730なのだが、その直前の光景。演奏中、だんだんと暗くなってゆく。

実は会場に着く前に、にわか雨が降ってきて慌てたものだが、演奏が始まってからは雲がなくなった。このような状況は毎年なのだそうな。


当初、2日目は大阪、と予定していたのだが、急遽変更。嵐山方面へ出かけた。

まずはトロッコ列車で、そして有名な保津川くだりを楽しむ。飛沫を浴びるたびに乗客が、キャーキャーと騒ぐのもまた楽しみのひとつですね。



今回の行程:

1日目 京都着、市役所近くで昼食(これはすばらしかった。旅行案内にはない店)、祇園、石塀小路、清水寺、会場へ

2日目 大宮から嵯峨へ、トロッコ列車、保津川下り、渡月橋近くで食事、竹林、大河内山荘、天竜寺、嵐山前からバスで京都駅経由帰京

また行こう!

Wednesday, September 23, 2009

歌舞伎座デビュー

永らく東京に住んでいながら、歌舞伎座に入るのは初めてだ。ここもあと、約200日だそうである。ディスプレイが出ていた。

演し物は3作。しかし今回は2番目の「勧進帳」に注目だ。幸四郎の弁慶、染五郎の義経という役割。これはだいぶ楽しんだが、3部目は、残念ながら、リタイアと相成った。因みに一部目は半睡半醒の状態だった。

結構ではあるのだが、一回が3ないし4演目で5時間ほどというのは、少なくとも私には、つらいな。一般的にはそんなことはないのだろうが。客席もほぼ満員で、皆さん、十分に楽しんでいる様子は伝わってくる。

おなじみの正面。


今日の演し物の看板。

Monday, September 21, 2009

そうそう、初日の失敗談

くるまはトヨタのヴィッツというのを借りた。書類を見ると、4WDとなっている。これが先入観となったようだ。

走り出すと、えらく加速がよい。ではなく、アクセルの動きにクルマの速度がピッタリと同期しているのである。ちょっと踏み込むと、急加速。すこし緩めると、スルッと減速する。これが4WDの特色かと思った。しかし、しかしである。時速80kmほどを出すと、かなりの振動がするのだ。

途中でやっと気がついた。ギアをローとして走っていたのだ。実は我が家のクルマは、レバーを一番引いた状態がドライブなのである。その調子でやってしまったようだ。ヴィッツの場合は、一番引いた上体がロー、そして、順次2速、ドライブとなる。しっかりとチェンジレバーの配置を確認していれば問題はなかったのだった。

しかし今年になって2回、レンタカーとして同じクルマに乗っているのだが、前回はこんなことはしなかったな。変な思い込みをしてしまったせいなのだろうか? それとも原因は別にあるのかな?

Sunday, September 20, 2009

最終日です(9月16日)

朝、部屋の窓から下を見ると、船着場にかなりの人が出ていた。6時発の遊覧船があるとのこと。予定はしていなかったのだが、乗ることに。
船内では案内のお姉さんが、説明や楽器えんそうなどをしてくれる。
阿寒湖といえば、マリモですね。
今回の旅の目的のひとつが釧路湿原を歩くというものだったが、いくつかの手違いがあり、結局、展望台から遠景を眺めるのみとなってしまった。

このあと、釧路市内を経由して、空港へ。


おしまい。

さて三日目だ

川湯温泉からクルマで20分、硫黄山。そういえば先日、箱根の大涌谷を見たが、まあ似た感じですね。

ご夫婦が、ひとつの噴出し孔で、タマゴを茹でていた。5個で4百円とのこと。5個買っても食べられないな。残念だ。
摩周湖は全体がよく見渡せた。傍にいた人によると、こんなのは極めて珍しいとのこと。たしかに、しばらくしたら霧が立ち込めてきた。
ちょっと見づらいかな。(丹頂)鶴がエサを啄ばんでいた。

道中、きつね、しか、など、さほど多くはなかったものにお、いくつかの動物を見た。ただし、くまは未。
トウロという駅から、釧路まで約30分の汽車旅を往復で。

この後は、阿寒湖温泉までほぼ逆戻りをした。