いわゆるノート型のPCではバッテリーを内臓している。わがメインのものではLANも無線なので、これで4時間ほどはケーブルのお世話にならずに使うことができる(ただ、カタログスペックは7時間)。実は、ベッテリーで実質10時間以上保つものを期待している。
ところで、バッテリーには寿命がある。それは数年(2ないし3年程度)。通常、このバッテリーは高価であり、しかも古くなれば補充できなくなることもある。
一方、電源の無い場所でPCを使う場面は非常に少ないのも事実であろう。だから、バッテリーレスの(ノート型)PCも欲しいと思っている。特に小型のもの、家庭でほぼ据え置き型として使うものなど。前者(小型PC)では、その重さが1/3程度になり、よりポータビリティがよくなることが期待できるであろう。後者(据え置き型)では、電源を接続して使うのが前提なので、元々バッテリーの必要性がない。
再度言います。ノートPCからバッテリーを外せば、持ち運びやすくなる、安くなる、軽くなる、などのメリットが得られる。
Wednesday, April 30, 2008
ガソリンのはなし
今日、4月30日、例のガソリン暫定税率法案が可決された(いくら「合法的」とはいえ、一般常識からは程遠い、おかしな可決模様だ)。本件、もともとがおかしな話であるものが、そして多くの問題点を孕み、しかも大方の反対があるものが、良識の府には良識が通らないのだろう。
昨日、そして今日もまた、各ガソリンスタンドは長蛇の列であった。片側1車線の道路のところでは、まさに渋滞である。
この行列を見るに付け、本当に、庶民のささやかなふところを、「国」と称する、わけのわからない機関が蹂躙していることを伺わせられる。
テレビのニュースではまた、ガソリン税アップに向けての集会、デモの模様も映している。参加している方々の肩書きを見る限り、タカリの構図を想像せざるをえない。
この国はまた、いつごろから人のカネを当てにする人たちが多くなったのだろうか?
だけど国会で、乱闘もないと思うのだがね。きちんと筋道を立てて、きちんと理論的に議論を進めて行くべきだと思うのだが。ほんとうにこの国は、どこへ行くのだろうかね?
昨日、そして今日もまた、各ガソリンスタンドは長蛇の列であった。片側1車線の道路のところでは、まさに渋滞である。
この行列を見るに付け、本当に、庶民のささやかなふところを、「国」と称する、わけのわからない機関が蹂躙していることを伺わせられる。
テレビのニュースではまた、ガソリン税アップに向けての集会、デモの模様も映している。参加している方々の肩書きを見る限り、タカリの構図を想像せざるをえない。
この国はまた、いつごろから人のカネを当てにする人たちが多くなったのだろうか?
だけど国会で、乱闘もないと思うのだがね。きちんと筋道を立てて、きちんと理論的に議論を進めて行くべきだと思うのだが。ほんとうにこの国は、どこへ行くのだろうかね?
Thursday, April 10, 2008
役人顔
京都に、国(注)主導のある施設ができるらしい。その近在の住民は猛反対をしているらしい。そこで主催者と住民による対話会の開催となる。
その一部がニュースで放映された。
担当である何とか省の役人(いわゆるキャリア官僚であろう)が説明している。その説明内容のばかばかしさ(ふざけたことを言うな、と言いたくなるような内容だ)もさることながら、その態度は極めて納得が行かない。住民が激昂しているのに、半ばニヤニヤ顔である。これはまさにそこに在席している人たちを歯牙にもかけないという態度にほかならないように見受けられた。
そういえば、PSEと言ったか、電気製品の安全規格にからんだ問題で、経済産業省の担当の課長が説明する姿を何度か、これもTVで、見たことがあるが、やはり同じような態度であったことを思い出した。あれは結局、中古電気製品の販売に関しては有名無実となって終わってよかったのだが。
少なくともこの2例だけでも、官僚というものからは、住民など、そこらへんに転がっている石ころなんぞにしか見えないようである。彼らの生態が垣間見えたな。
注:「国」ということばがよく使われる。年金問題、薬害問題、などなどの問題を論ずるときに。それぞれの事項はそれぞれを担当する、各官庁の、部署が責任を持つはずだが、なにかがあると(要は責任問題があると)いつのまにか、その担当部署が「国」という抽象化されたものに置き換わってしまう。これが責任を曖昧にする第一歩のようだ。たとえば薬害エイズの問題など、それを担当した官庁のある部署のある人と特定して論ずるべきであろう。
その一部がニュースで放映された。
担当である何とか省の役人(いわゆるキャリア官僚であろう)が説明している。その説明内容のばかばかしさ(ふざけたことを言うな、と言いたくなるような内容だ)もさることながら、その態度は極めて納得が行かない。住民が激昂しているのに、半ばニヤニヤ顔である。これはまさにそこに在席している人たちを歯牙にもかけないという態度にほかならないように見受けられた。
そういえば、PSEと言ったか、電気製品の安全規格にからんだ問題で、経済産業省の担当の課長が説明する姿を何度か、これもTVで、見たことがあるが、やはり同じような態度であったことを思い出した。あれは結局、中古電気製品の販売に関しては有名無実となって終わってよかったのだが。
少なくともこの2例だけでも、官僚というものからは、住民など、そこらへんに転がっている石ころなんぞにしか見えないようである。彼らの生態が垣間見えたな。
注:「国」ということばがよく使われる。年金問題、薬害問題、などなどの問題を論ずるときに。それぞれの事項はそれぞれを担当する、各官庁の、部署が責任を持つはずだが、なにかがあると(要は責任問題があると)いつのまにか、その担当部署が「国」という抽象化されたものに置き換わってしまう。これが責任を曖昧にする第一歩のようだ。たとえば薬害エイズの問題など、それを担当した官庁のある部署のある人と特定して論ずるべきであろう。
芝居
今日は芝居見物としゃれこんでみた。会場は、当方が学生時代にできた、東京でも名だたる劇場である。昔は何回か通ったこともある。まさに何十年振りかの再来ということで、いささか感慨を抱かざるを得ない。
時は平日の昼間であるのだが、千以上の座席があるはずなのに対して、ほぼ満員の盛況であった。先に書いた郊外の映画での状況に比べれば、なんという違いだろうかな。
観客はほぼ9割方が女性。それはまさに、トイレの行列の具合に象徴される。そしてまた全体的には、ほぼ全員が年配者である。まさにご老人のパワーが、このような芝居を支えているようだということを実感した次第。
内容は面白かった。昨年だったかのTVの大河ドラマの派生のものであり、とにかく原作がよい。約4時間という時間は永く、時には眠くならざるをえなくもなったとはいえ、結構な時間を過ごすことができた。
時は平日の昼間であるのだが、千以上の座席があるはずなのに対して、ほぼ満員の盛況であった。先に書いた郊外の映画での状況に比べれば、なんという違いだろうかな。
観客はほぼ9割方が女性。それはまさに、トイレの行列の具合に象徴される。そしてまた全体的には、ほぼ全員が年配者である。まさにご老人のパワーが、このような芝居を支えているようだということを実感した次第。
内容は面白かった。昨年だったかのTVの大河ドラマの派生のものであり、とにかく原作がよい。約4時間という時間は永く、時には眠くならざるをえなくもなったとはいえ、結構な時間を過ごすことができた。
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