Saturday, January 20, 2007

信長の棺  続

この本は、本日読了。

やっぱり、一気読みは無理だったな。読み飛ばすには、テレビドラマよりの類推では無理な、かなり重い筋書きだった。

ちょっと、今まで思っていたこの時代の印象が変わってしまったな。

Monday, January 15, 2007

タバコ雑感

何十年か続けたタバコ吸いも、止めてからはや半年が経ちます。時間つぶしをするときなど、手持ち無沙汰を感じる場面も無いわけではありませんが、我慢せずにいられます。

以下、タバコに関する雑感(というか思い出話)をいくつか。

タバコ吸い屋さんも新幹線では禁煙車に乗る人が多いようです。喫煙車の端の方に座っていると、頻繁に隣の車両から人が来るのが分かります。適当な場所に座ってタバコを吸って、また戻っていきます。こちらだって普段は綺麗な空気を吸いたい。しかしこちらは、ときたまタバコを吸いたいために、やむを得ずに喫煙車に乗っているのです。臭いですね喫煙車は。タバコ飲みにとっても、あの臭いは閉口なのです。良いとこ取りをするのはずるいですよね。

昔、飛行機に乗ったとき喫煙席の端の席に座らせられました。タバコを吸っていたら、後ろの禁煙席の人に文句を言われた記憶があります。客室乗務員に頼んだのだが、満席だとのことで他の席にはゆけず、数時間ほど我慢をしました。しかし、しょうがないですね。

逆に、広いビジネスクラスのエリアに一人で居たこともありました。このときは悠々。タバコの吸い放題。うつらうつらして目を覚ますとワイングラスにはなみなみと。楽しい思い出です。あれはたしかパンナムの1便でした。当時の世界一周便の大西洋の上だったと思います。ロンドンとニューヨークの間だったな。今と違って海外出張は、偉くは無くとも、ビジネスクラスに乗れました。

フランスへ行ったとき、途中経由地のバンクーバーが嵐で着陸できず(当時は直行便が無かったようです)、もっと北のフェアバンクスなるところへ不時着しました(ここはオーロラの出る地ですね)。機内でタバコを吸ってはダメだよとのことで、マイナス何十度なのでしょうかね、外で、非常に寒い中で喫煙したことがあります(しかし気持ちはよかった)。しばらくしたら、別の便が飛んできて、クルーが交代しました。おかげで機内食はハンバーガーとグレープフルーツ。パリの空港で、いくらかの払い戻しがあったが、それ以後の行程の調整には苦労しました。

信長の棺

著者は加藤廣。評判になった本なので、ご存知の方は多いと思う。この時代の、この手の話題は人並み以上に好きなので、流行に乗るのはちょっと引っかかるとしても、読んでみたくなった。

昨年の、まだ暑いときに、市の図書館に予約したときは既に96番目だったか。やっと数ヶ月経った先日、番が廻ってきた。「他のかたよりリクエストが出ているので、・・・」という付箋が付いているので、今でも数十人規模の待ち行列ができているものと思う。2005年5月初版発行だが、手許に届いたものは、2006年6月の第20刷版である。

これは実は先日、テレビドラマとしてやられていたので、もちろんそれは見た。ストーリーは既に知っている。だからせっかく借りた本だが、すぐに次の人にまわそうかと、一瞬は思ったのだが、一応目を通したら止められなくなったのである。多分、一気に読み通すことになるだろう。

Sunday, January 14, 2007

Saturday, January 13, 2007

看板を出すのが仕事

本当に「まちをきれいに」する積り、気持ちがあるのだろうか?

これを掲示することによって、何を狙っているのだろうか?

まちを汚そうなどと思っていないひとは、このような看板など無くとも、まちを汚すことはない。逆に、まちを汚すひとは、どのような警句があろうと、そんなものは見ない(のではなく、見えない)。

多分、看板を出すこと、そのものを仕事としているところがあるのだろう。結果的に、この看板の存在自体がまちを汚していることになるのだが、そのようなことには思いが及ばないのだろう。

ジャマですね

道という文字は人が歩くことを意味する。多分、小学校あたりで、これは教わることだったと思う。

今は車時代だから、道路と言えば、これはクルマの通るところを表すことばであるということは、十分に理解できいる。

都心では、メインストリート(主道路)からちょっと入ったところ、郊外では、かなり多くのところ、では、道路は必ずしも十分な幅を持っているとは云えない。その端に、おざなりな形で、ヒトが通ると思える道、すなわち歩道が設置されていることが多い。

まさにほそぼそと、といった風情である。ひとり、ないしは少人数でそこを歩くには、多少の不満はあるとしても、クルマの脅威からは、大抵の場合、逃れることができるであろう。

しかし、しかし。この狭い歩道のど真ん中に、歩行者の行く手を塞ぐ形で、いろいろな構造物が設置されていることが多い。

広い歩道などでは、自転車がもの凄いスピードで歩行者を脅かすことが多いのだが、そのような危険を手っ取り早く防ぐために、狭い歩道ではこのようなガードを設置しているのでしょうかね?

Monday, January 08, 2007

オープン

オープン化時代というのに乗っていたことがある。しかし今回は、「オープン」ということばには若干のアレルギーを持っているという話。

あるプロジェクトに参加してたことがある。クライアント、メインコントラクタともに外国の企業。当社はサブコントラクタとして制御システムの開発を、そしてわれわれはその担当者。

どういうわけか、とにかく会議でも何も決まらない。どのような提案を持って出ても彼らはウンと言わない。難癖をつけるばかりである(後で聞いた話だが彼らは、当社に対していろいろと含むところがあったらしいのと、契約書の記載事項の問題による)。

時間だけが経つのだが、それでも会議の終わりには議事録をまとめることになる。議長役の彼らのなかのひとりの、そのときの決まったセリフが、

  This item is still open.

の繰り返しだ。オープン、オープン、オープン、・・・。とてもやっていられない。

それでも何年かの後には、成功裡にそのプロジェクトは完結した。とにかく、担当者の血の滲むような努力が続いた結果の成果だったと思う。途中危ぶまれてはいたものの、結果的には会社の業績にも大きな貢献をしたことになった。

その頃には、オープン、オープンだったヤカラも、サンキュウ、サンキュウに変わっていたとのことだが、それが、一抹の救いか。プラントのオープニングには本社の重役が出席したらしい(ゴルフが主体だったようだと、その後に聞いた)。こちらは、そのころは別の部署にいたので、これらは伝聞によるのみ。

しかし私は長い期間、地獄の一端を見ていましたね。あの「オープン」というセリフ、まだ時々夢にでてくる。

ギブ アンド テイク 実は?

かつて所属していた会社のある研究所でのことである。

国際学会のコンファレンスなどに参加する場合、出張期間は2週間というのが、暗黙のうちに了解されていた。コンファレンスそのものはせいぜい2ないし3日、長くても1週間である。残りの期間は、いろいろな機関、企業などを訪問することが求められていたのである。もちろん、出張者当人の業務と関係のあるところである必要があるので訪問先は、いきおい、同業他社の同じような組織が多かった。

出張者は、自分で訪問先を決め、アポイントを取り、そして所長の承認を得る必要がある。

さて、承認を得るために所長へ提出する書類には、訪問先に何を期待しているのか、とともに、当人が、訪問先にどのような「貢献」をするのかを記載しなければならなかった。

企業訪問などをする場合には、相手側から企業紹介のパンフレットを貰って、通り一遍の説明をして貰うだけというのが普通であろう。しかし、我々の場合は、それだけでは却下される。とにかく、先方からテイクするものよりも、向うへギブするもの(通常は、なんらかのプレゼンテーションかデモなど)の方が大きいと認められなければならなかった。

当時、他の研究所ではそのような規則はなかったようななので、会社としての方針ではなかったのだろう。当時の所長か、それ以前の所長が決めたことのようである。

考えてみれば、ちょこっとどこかへ訪問したとして、相手とちょっと議論したとして、たいした情報が得られる訳は無い。むしろこちらの手の内をさらけ出したほうが(もちろん程度問題だが)、結果的に、大きなリターンを期待できるはずだ、というのがその真意であったことだろう。「ギブ アンド テイク」というよりは、「損して得とれ」か。

今にして思えば、「オープン」のさきがけだったのかな。

Friday, January 05, 2007

初詣

いつもは、自宅の傍にある(とはいえ、電車ではふたつ目の駅になる)高幡不動尊にお参りに行く。大晦日に出かけることもあるし、年が明けてから大分経ってゆく場合もある。

今年は、本日、1月5日の参拝である。

少しは空いているかとは思ったのだが、参拝客が大勢いた。もちろん、こんな場合は賑やかなほうがよいので歓迎である。とはいえ、人ごみを縫って歩くのは大変ですね。

今年は、一日には浅草寺へ行ってしまった(ただし、参拝の行列に入るのを躊躇したために、参拝はしなかったのだが)。昨4日には高尾山薬王院で、祈祷を受けてしまった。従って今回は、隅っこでブツブツと、ささやかなお参りに留めておくことにした。

新春の高尾山

4日には高尾山から相模湖にかけて歩いてきた。 以下、そのときの点描。 登りはケーブルカーを利用(今まで、歩いて登ったのは1回だけである)。紅葉の最盛期には及ばないものの、かなりの混雑を経験した。 仕事始めの日だからだろう。ネクタイ姿の方たちが多い。新年の祈願を行うのだろう。本殿での祈祷も満員だった。

奥殿では奉納舞をやっていた。こんなのは初めての経験である。

高尾山頂からほぼ1時間。小仏城山での様子。ちょうど昼時だ。一日中、さほど天気が良いとは言えないが、このときは晴れで、遠くまで視界が開けていた。

ここでは何時も、なめこ汁を飲むことにしている。今回もまた堪能した。

いつもだと、小仏城山から直接、相模湖方面に下ることにしているのだが、今回は、小仏峠経由とする。

さすがに小仏峠までくると、ほとんど人はいない。もっともこの場所、すでに長い間、使われていないような雰囲気である。

さて、ここからは美女谷温泉経由で、終着点までは5km弱となる。

ここはその途中、旧甲州街道。昔は大変でしたな。大名行列などは、どうやってこの道を通ったのだろうか。

この途中では、やっと一人と会ったのみ。昨年だったか、熊の目撃情報があったと看板が出ていた。

Tuesday, January 02, 2007

犬の散歩



愛犬家の皆さんには言いたいことがいろいろある。多くの皆さんも同様だと思う。

しかし、この看板を見て同感するひとはどのくらいいるだろうか?

言っている趣旨についてはまことにごもっともなのだが、まったく同感ではあるのだが、なんと言うか、言い方が、若干、きついですね。まあ、言いたい気持ちは十分に理解できる。だからこそ、なおさらという感じがする。

撮影禁止?


ある警察署の入り口にある看板(これもまた年末年始の風物詩だろう)を写真に撮った。これは国道の道路沿いのものである。

すると、署内から、つかつかと若い人が出てきて咎められた。彼はいろいろなことを言っていたが、煎じ詰めると、警察関連のものは写真に撮ってはいけないのだ、と理解せざるをえないのである。

もちろん、時と場合によるであろうことは、当方にもうなづける。しかし、こんな場面は特に問題になるとは思えないのだが。

段々と、ささいなことでも、ダメダメダメとなりつつあるのだろうな。そのうちに、単なる散歩でも咎められることになるのだろうか?

大晦日

話は前後するが、この大晦日は街をぶらついてみた。

最初の写真は、新宿通り、明治通りからは少々四谷よりのところ。ご覧の通り、人はほとんどいない。歩道脇のイルミネーションがきれいに輝いているのみ。新宿も、駅前、たとえば東口の駅前(そして歌舞伎町あたり)には、大勢のひとだかりだが、ちょっと離れるとこのようになる。これは夜9時頃の光景である。

花園神社のこの時間もまた、人はまばらだ。ゆっくりとお参りできるのだが、混雑が懐かしいのもまた事実である。


分かりますか、この光景。お賽銭箱と、その奥にあるお賽銭受け(?)です。まだまだ硬貨がちらほらです。

あと3時間も経つと、身動きができなくなるほどの人出になるのだろう。

この後は浅草へ。

浅草寺の鐘の音を期待して行ったのだが、それは無いとのこと。突然、警備のお巡りさんが「おめでとう」とのたまわった。え、っと思い、時計をみたら、ちょうど零時になっていた。

そのころになると、凄い人の数だ。いつの間にか増えていた。

年賀状

元旦の楽しみのひとつは年賀状を見ること。白状すると、年末に自分がつくるのは億劫なのだが(まことに身勝手なものですね)。

今年の特徴は、同じ人から2通来ていたものが複数件あったこと。いずれも宛先の記述や、メッセージが手書きなので、出す方は分かるとは思うのだが。